大崎事件

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大崎事件

大崎事件とは

大崎事件とは、1979年10月15日、鹿児島県大崎町で、原口さんの義弟が自宅横の牛小屋の堆肥の中から遺体となって発見されたことで発覚した事件です。

捜査本部は、「近隣の者か近親者によって敢行された殺人、死体遺棄事件」とのストーリーを想定し、事件発覚直後から被疑者の長兄(原口さんの当時の夫)及び次兄の二人を任意同行し、長時間にわたり追求しました。両名は「二人で被害者の首をタオルで絞めて殺害し、堆肥の中に埋めた」と犯行を自認し、逮捕されました。
その自白は当初、殺人、死体遺棄ともに二人による犯行というものでしたが、殺人については原口さんの指示による三人犯行、死体遺棄についてはこれに次兄の息子も加えた四人犯行と大きく変遷しました。長兄、次兄、次兄の息子(以下、「『共犯者』たち」といいます。)は、いずれも知的障害をもっていましたが、取り調べでも公判でも、障害に対する配慮はされませんでした。また、この自白を支える客観証拠もほとんどありませんでしたが、「共犯者」たちは公判でも事実を争わず、有罪判決を言い渡され、控訴もしませんでした。

一方、原口さんは取り調べでも公判でも一貫して犯行を否認しましたが、「共犯者」たち三人に有罪判決をした同じ裁判体により、懲役10年の有罪判決を受けました。控訴、上告ともに棄却され、原口さんは満期服役しました。

第一次再審請求のあらまし

出所後すぐ、原口さんは再審請求の意思を固め、1995年4月、弁護団は原口さんと三人の「共犯者」たちすべてが無実であるとして第一次再審請求を行いました。

2002年3月26日、鹿児島地方裁判所は、再審開始決定をしましたが、即時抗告審の福岡高裁宮崎支部は再審開始決定を取り消し、さらに最高裁も弁護側の特別抗告を棄却し、一度は開いた再審の門は再び閉ざされてしまいました。

このような経をたどった大崎事件第一次再審請求は、日弁連の会議やシンポジウム等で度々取り上げられ、特に第24回全国再審弁護団会議では、新証拠の明白性判断について、確定判決の心証を引継ぎ、新証拠を孤立評価する即時抗告審の判断手法は、白鳥・財田川決定以降の再審判例理論に反するものであるとの厳しい批判にされされました。

新たな証拠を携え第二次再審請求へ

大崎事件 第二次再審請求申立

特別抗告棄却から4年余り、「第二次再審を」との原口さんの強い思いを受けて、弁護団は第二次再審請求への準備を進めてきました。

そして今回、弁護団は「タオルによる絞殺」と遺体の客観的状況が矛盾することを明示する新たな法医学鑑定書、確定判決が採用したほぼ唯一の客観的根拠である「犯行現場」のカーペットの状況が自白による犯行態様と矛盾することを示す再現実験報告書、さらには「共犯者」たちの供述が体験供述性を有しないとする供述心理鑑定書等を新証拠として、第二次再審申立に至ったのです。

第二次再審請求のめざすもの

原口さんは事件から30年以上、一貫して無実を訴えています。
公判では犯行を自認していた「共犯者」たちも出所後全員が無実を訴えましたが、無実を晴らせぬまま全員が他界しました。

えん罪はまさに人生そのものの被害、究極の人権侵害です。
えん罪被害の回復こそ、第二次再審請求の最大の目的です。

そして、原口さんたちは法曹三者の過ちによりえん罪被害に追い込まれたことを忘れてはなりません。司法の過ちは私たち司法の手で正す。これも第二次再審請求を行うことの意義と言えます。

弁護団体は現在も、証拠開示請求や補充意見書の作成等、再審開始を勝ち取るための粘り強い活動を進めています。